投稿

各国通貨の為替制度一覧

 何年か前に書いてたメモの写し。そもそも確認取れていない内容なうえ、最近の動向を反映していないので、個人的には、もう使いたくない。ここで供養する。以下メモの写しスタート ここはかなり不正確。眉に大量のつばをつけてみてほしい。 国:自国通貨を持ち、変動為替相場制:いつから変動為替相場制か(確認した範囲) アイスランド:アイスランドクローナ:1998~ アフガニスタン:アフガニ:2002~ アメリカ:USドル:1972~ アルジェリア:アルジェリア・ディナール:2004~ アルゼンチン:アルゼンチン・ペソ:2002~ アルメニア:ドラム:2004~ アルバニア:レク:2002~ アンゴラ:クワンザ:2018~ イスラエル:新シェケル:1994~ インド:インド・ルピー:1973~ インドネシア:インドネシア・ルピア:1994~ イギリス:スターリング・ポンド;1971~ ウォリス・フツナ:CFPフラン:2011~ ウガンダ:ウガンダ・シリング:2007~ ウクライナ:フリヴニャ:2003~ ウルグアイ:ウルグアイ・ペソ:2005~ エジプト:エジプト・ポンド:2017~ オーストラリア:オーストラリア・ドル:1971~ ガーナ:セディ:2007~ カザフスタン:テンゲ:1995~ カナダ:カナダドル:1992~ カンボジア:リエル:2008~ ボツワナ:ボツワナ・プラ:2003~ ブルンジ:ブルンジ・フラン:2011~ チリ:チリ・ペソ:1992~ コロンビア:コロンビアン・ペソ:1992~ エスワティニ:リランゲニ:2008~ ギニア共和国:ギニア・フラン:2008~ ジャマイカ:ジャマイカドル:2008~ 日本:日本円:1971~ ケニア:ケニア・シリング:2001~ レソト:ロチ:2010~ マダガスカル:マダガスカル・アリアリ:2013~ モーリシャス:モーリシャス・ルピー:2006~ メキシコ:メキシコ・ペソ:1993~ モロッコ:モロッコ・ディルハム:2001~ ニュージーランド:ニュージーランド・ドル:2001~ ノルウェー:ノルウェー・クローネ:1992~ パラグアイ:グアラニー:1985~ フィリピン:フィリピン・ペソ:1997~ ルーマニア:ルーマニア・レウ:1996~ シンガポール:シンガポール・ドル:1981~ スウェーデン:スウェーデン...

NKとPKの理論に、案に含まれるイデオロギーについて

DSGEモデルの理論的背景に使われる新古典派系の学派、特にニュー・ケインジアンの理論は、歴史的動学的時間の概念を含まず、短期的に最適な分配の最適化を扱う(あるいは信仰対象の原理に含む)ので、比較優位の原則を採用する一方、一次的な保護貿易や国家ぐるみの投資(韓国や台湾の半導体産業など)を経て時間をかけて産業を育てることが考慮されていない。新しく何かができるようになる可能性を考慮せず、労働力や生産される財や資金などの最適な分配に強い関心を示す。そのため、自由貿易過激派や市場原理主義過激派みたいな人が多いと思う。 一方のポスト・ケインズ派は、これといって長期的な戦略に基づく経済発展や戦略や理論を扱う印象はないものの、歴史的動学的時間の概念を重視する(スラッファ派は多分違う)など、理論体系が長期的視点や発展と相性の悪い前提を採用する印象はない。そのため、自由貿易過激派や市場原理主義過激派みたいな人は少ないと思う。

政治や軍事や技術の話ができない経済学に実用上の意味がない理由

産業(特に製造業と農水産業)の発展のためには、経済的な権力が必要だ 経済的な権力(ビジネスの利益、市場シェア・価格交渉力・供給を止めることによって輸出先の社会を機能不全に陥らせる力など)を手に入れるためには、籍を置く国の軍事力と技術力やインフラが必要だ 軍事力や技術力やインフラを手に入れるには、産業(特に製造業と農水産業)の発展が必要だ。 本来、経済と政治は切り離して語ることができないし、経済と政治体制も切り離して語ることができない。地政経済学という言葉を作った「富国と強兵」と近い主張かも

SFCモデル制作コミュニティがあったらいいなぁ。そこで使えるかもしれない運営方針を、伽藍とバザールに助けられながら考えてみた

 伽藍とバザールを読んだ。SFCモデルを作るのコミュニティあるいはSFCモデルの作り方の教科書を作るコミュニティを、アマチュアや引退した研究者を取り込んで作れないかな?とおもって。結論から言えば、少なくとも向こう2,3年は、自分には難易度高すぎる気がした。 ただ、伽藍とバザールが示す教訓を、SFCモデル制作コミュニティにアナロジーできないかと思って考えたので、メモを残しておく。 まずは、伽藍とバザールのオリジナルの教訓。誤字脱字が絶対にあるはずだけど、推敲は面倒すぎてやってない。 1:良いソフトはすべて、開発者の個人的な悩み解決から始まる  2:何を書けばいいのかわかっているのが良いプログラマ。何を書き直せば(そして使いまわせば)いいかわかっているのが、すごいプログラマ  3:捨てることをあらかじめ予定しておけ。どうせいやでも捨てることになるんだから  4:まともな行動をとっていれば、面白い問題のほうからこっちを見つけ出してくれる  5:あるソフトに興味をなくしたら、最後の仕事としてそれを有能な後継者に引き渡すこと  6:ユーザーを共同開発者として扱うのは、コードの高速改良と効率よいデバッグの一番らくちんな方法  7:早めのリリース、頻繁なリリース、そして顧客の話を聞くこと  8:ベータテスタと共同開発者の基盤さえ十分に大きければ、ほとんどすべての問題はすぐに見つけ出されて、その直し方も誰かにはすぐわかるはず  9:賢いデータ構造と間抜けなコードのほうが、その逆よりずっとまし  10:ベータテスタをすごく大事な資源であるかのように扱えば、向こうも実際に大事な資源となることで報いてくれる  11:いいアイデアを思いつく次善の策は、ユーザからのいいアイデアを認識することである。時にはどっちが次善かわからなくなったりする  12:自分の問題のとらえ方がそもそも間違っていたと認識することで、最も衝撃的で革新的な解決策が生まれることはよくある  13:「完成」(デザイン上の)とは、付け加えるものが何もなくなった時ではなく、むしろ何も取り去るものがなくなったとき  14:ツールはすべて期待通りの役に立たなきゃだめだが、すごいツールは全く予想も...

検索エンジンの未来について思うことメモ

生成AIが大量のゴミ記事を大量生産し(広告収入などを目的とするページ)、検索エンジンがそれらを排除できなくなって、検索エンジンが使い物にならなくなるかもしれない。そのとき、情報収集のスタンダードと賢い方法はどう変わるのか 検索エンジンに専門家(Wikipediaを編集するような人種)の知識を導入する良い方法はないか?

葬送のフリーレン、アニメ2周目視聴時の感想など、メモ

1話: ヒンメルの、「きれいだなぁ」という言葉に反応して、50年後、もっときれいに見える場所で、えーら流星を見に行こうと提案する。フリーレンからは、一緒に見に行きたい、喜んでほしい、という感情が見て取れる。ただ、50年はヒンメルにとっては長すぎる時間で、時間間隔のおかしいエルフが言うことだからってことで一笑いする。時間感覚の違いからちぐはぐになっているものの、お互いのことを大切にしていることがわかる部分。分かり合えなさと仲間感の取り合わせが見える場面だ。 フリーレンをただの空気の読めない奴だと考えるのは間違い。パーティメンバーのうち3人がエルフだったとしたら、「長い間だった」と発言したときに浮くのは人間の方だ。感想はあくまで相対的なもので、フリーレンはヒンメルやハイターに媚びる必要がないから正直に言っただけ。 エーら流星の次期に再開する言い訳・証として、暗黒流の角をヒンメルに預けていたという解釈もできる。SNSみたいなものはなさそうだから、離れた場所でしばらく暮らすもの同士が絆のよりどころにするには、不自然ではない。現代日本人が結婚指輪の文化をいまだ失っていないのも似たようなものだろうな。 「いつか君にこうして帰すべきものだったんだ」「そんな大層なものじゃないんだけどな」 フリーレン、暗黒流の角を預けたのは気まぐれだったらしい。邪悪なオーラが出てる素材?を押し付けたかっただけなのか、それとも重くて大きいものを持って旅したくなかったとか?魔法使いなんだから、そこはどうにかできそうなものだけど。 青い鳥が暗黒竜の角をどこかにもっていった。青い鳥ってところが少し気になるけど、まぁ、いったん無視しておく。儀式に使うんだっけ?(戻って観たら、召喚だった) ヒンメル、フリーレンとのデートの身支度が熱心。「ハゲなりのこだわりがあるの」だそう。イケメンキャラとしてのこだわりなのか、それとも男としてのこだわりなのか。多分両方だろうけど。 「最後にとても楽しい冒険ができた」 はっきりお礼を言われると、はっきり満足そうな顔をするフリーレン。 「綺麗だ」 流星が燃え尽きた直後のカットで、ヒンメルの命が燃え尽きた。流星が寿命の最後で綺麗に燃え尽きたことと、ヒンメルにとっての仲間との最後の旅がきれいだったことが、かかっているように見える 「ヒンメルは、幸せだったと思いますよ」「そうなのかな」 ...

生成AIが十分に普及する社会で、価値観はどのようなものになるのか、私は知りたい

  将来笑いものにするための「当時の証言」として、こんな未来があるかもなって妄想を書き残してみる。 ・AIが作れる分野の創作物は、現代アートのような文脈を持つもの以外、全てがとても安く、あるいはサブスクになる。その分野の著作権は、相変わらず存在するが、著作権フリーのコンテンツが無料で大量に出回って、ほとんど意味のないものとなる。 ・上手に生成する人のノウハウが、簡単にコピーできるがゆえに、生成ノウハウにあまり価値がなくなる。コンテンツの生産量は爆発的に増える。誰が作ったどのコンテンツがその人にとって面白いのか、それを探し出すために使うAIが発達するのかもしれないし、すべてのコンテンツがインディーズになるのかもしれない。 ・生成AIの提供者がポリシー的に認めないコンテンツを、需要があるけどAIが作ってくれないから、しょうがないから人間が作る、となるかもしれない ・昔の、テレビ文化に対するコミケみたいに、棲み分けが起こるかもしれない。一方では、「表に出せる体裁の良いコンテンツを生成するAI」を提供する”大手TV”。他方では、「ニッチあるいは人目をはばかるようなコンテンツを生成するAI」を提供する小規模・個人の”サークル”。 ・需要が増えない割にエッセンシャルワーカーの生産性(一人当たりの生産量のこと、一人当たりの生産額ではなく。)がやたらと上がって、ブルシットジョブがますます増える。ますます増えるブルシットジョブの中でも権力を持つ業種を正当化するようなイデオロギーが必要とされ、世界に普及する。ちょうど、肥大化した金融部門の権力者ために新自由主義が普及したように。次のイデオロギーはどんなものになるかな。 ブルシットジョブの量が十分に柔軟に増えるなら、技術水準がいかに上がっても金銭的な面で生活が楽にならない。相変わらず金持ちが権力を持つ。ブルシットジョブの量が意外と増えないようであれば、2つのシナリオがありそう ①稼げる割に生活に金がかからない社会になり、金以外の何かが重要な制約になり、新しいヒエラルキーの基準になる。 ②ほとんど魔法と区別がつかないような技術をだれもが使いこなす。ホモ・デウスのルート。